【2025年度】日大習志野高・国語大問2 解答解説|養老孟司『自分の壁』と自己確立の相対化

※本記事は、客観的分析のため『だ・である調』で統一しています。

難関高校の国語において、「自己」や「個性」といった抽象概念を問い直す評論文は頻出のテーマである。本問(養老孟司『自分の壁』)でも、現代社会で重視されやすい「自分らしさ」や「個性」という概念に対して、生物学と文化論の二つの観点から再検討を加え、相対化していく論理展開が見られる。

このとき、「確かに自分探しは疲れるから、この筆者の言う通りだ」といった共感や日常的な感想だけで読み解こうとすると、本文が構築した客観的な論理関係を見失うことになる。本問を処理するうえで真に必要なのは、思想の知識を先行させることではない。本文中で提示された「現在位置の矢印」や「社会的な合意形成」がどのような因果関係で結ばれているかを整理し、精緻な選択肢の罠を排除するための客観的な「思考手順」の言語化が不可欠である。

目次

『自分の壁』(養老孟司)の要約と論理構造

評論文の分析において重要なのは、それぞれの段落を場当たり的に読むのではなく、筆者が設定した「一般的な自己観と、本文が問い直す自己観」の対比構造をマクロな視点で整理することである。本問では、「自分」という概念を生物学的・文化的な2つの観点から相対化する構造が読解の前提となる。

観点一般に重視される自己観本文が問い直す自己観
生物学・脳科学「自分」を確固とした実体や個性の中心として捉える「自分」を、自他の境界を設定する脳の機能として捉え直す
社会・文化選択や立場の表明によって自己を確立することを重視する日本では、明確な自己表明を常に行わなくても合意が形成される場合がある
教育上の問題欧米型の自己確立を普遍的な目標として求める日本の文化的背景を無視して同じ自己確立を要求することの妥当性を問い直す

このように、全体を貫く「『自分』や『個性』を固定的・普遍的な価値として絶対視する見方を、脳科学と文化比較の両面から相対化する」という論理のベクトルをあらかじめ整理しておくことで、各設問において選択肢のすり替えに惑わされることがなくなる。

【大問2】各設問の解答解説と思考プロセス

問一 傍線部(A)「困ってしまうこと」の理由

手順1(設問要求):地図があるにもかかわらず「困る」のはなぜか、その理由を特定する。

手順2(根拠範囲):傍線部直後にある「案内板の地図」の具体例を確認する。

手順3(論理整理):方向を決めるには「目的地(地図)」だけでなく、「自分が現在どこにいるか」という現在位置の情報が不可欠であるという因果関係を整理する。

手順4(選択肢比較):①は、人間と動物の能力差という本文にない対立を設定しているため排除。②は、感覚的認知による混乱という本文にない要素を追加しているため排除。③は、情報過多という本文の趣旨とは異なる理由にすり替えているため排除。④は「自分と周囲との位置関係を確定できないため、進む方向を判断できない」として本文の因果関係と完全に一致する。

結論:正答は

問二 傍線部(B)「現在位置の矢印」の比喩内容

手順1(設問要求):「現在位置の矢印」が「自分」のどのような性質を比喩しているかを特定する。

手順2(根拠範囲):「空間定位の領野」や、「基本的に誰の脳でも備えている機能の一つに過ぎない」という本文中盤の記述を確認する。

手順3(論理整理):地図上の矢印は、自分が世界のどこに位置するかを示す。その比喩を脳科学的に説明すると、「自分」とは自分と外界との境界を設定する機能であり、その人物の個性や価値といった中身を示すものではないという対比を整理する。

手順4(選択肢比較):①は「他者への影響範囲」という本文にない範囲への拡大を行っているため排除。②は「自我を確立できていない現状」という未成熟さへのすり替えを行っているため排除。④は「行動や判断の方向性」という論点のズレがあるため排除。③は「確固とした個性や存在価値ではなく、単に自他の境界を示している」として比喩の真意を正確に捉えている。

結論:正答は

問三 傍線部(C)テイラーの身に起こったこと

手順1(設問要求):空間定位の機能が損傷した結果、どのような感覚の変化が生じたかを具体的に特定する。

手順2(根拠範囲):テイラーの脳内出血の症状描写から、「自分と地図が一体化する」と筆者がまとめている段落までを確認する。

手順3(論理整理):脳が作っていた「自分と自分以外を区別する枠」が壊れた結果、自分の身体と周囲の空間との境界線が消え、溶け合うように感じたという因果関係を整理する。

手順4(選択肢比較):②は「液体と固体を判別できなくなった」と物質的な知識の欠如へすり替えているため排除。③は「周囲の物どうしの差異」と境界線の消失範囲を全体へ過剰に拡大しているため排除。④は「空間を正確に把握できなくなった」と単なる認識エラーへ縮小しているため排除。①は「『自分』という枠を意識できなくなり、自分と見ているものが一体化した」として症状と原因を正確に結びつけている。

結論:正答は

問四 傍線部(D)「こうした論調」の背景

手順1(設問要求):日本人に対して「自己がない」と批判する論調の根底にある前提(背景)を特定する。

手順2(根拠範囲):傍線部直前の日本人批判と、直後に展開されるアメリカ文化(選択と自己表明による自己確立)の記述を確認する。

手順3(論理整理):グローバル化した社会では、欧米型の文化が基準とみなされやすいため、「自分の選択や意見を明確に表明し、自己を確立しなければならない」という考えが前提となっている状態を抽出する。

手順4(選択肢比較):①は「正しい選択ができるようにする」という目的にすり替わっているため排除。③は「日本文化に根差した自我を育成する」と論調の方向性を完全に逆転させているため排除。④は「対話によって自己理解を深める」という本文にないプロセスを加えているため排除。②は「自らの選択や立場の表明を通じた自己確立が必要」という欧米型の自己観と完全に合致する。

結論:正答は

問五 傍線部(E)「そういう文化」の具体例

手順1(設問要求):自己表明を強く求めない日本の「そういう文化」に合致する具体的な状況を特定する。

手順2(根拠範囲):「コーヒーにしますか、紅茶にしますか」と聞かなくてもよい、言葉にしなくても関係の中で決まる、と論じている比較段落を確認する。

手順3(論理整理):一人一人が自分の立場(私は〜派だ)を明確に言語化しなくても、周囲との関係の中で自然と合意が形成される状況を整理する。

手順4(選択肢比較):①の「多数決」は明確な意思表示を前提とするため文化の性質と矛盾し排除。②の「全員の意見が一致するまで議論を重ねる」は本文にない対立の設定であり排除。④の「多様性を尊重する」は本文にない価値判断への置き換えであり排除。③の「あえて全員が意見を表明しなくても、おのずと合意が形成される」が本文の日本文化の定義と一致する。

結論:正答は

問六 傍線部(F)「無駄なこと」の理由

手順1(設問要求):筆者が、学生に対して「自分で自分を決めろ」と求めてきたことを「無駄だった」と省みる理由を特定する。

手順2(根拠範囲):傍線部より前に展開されている、本文全体の論旨(生物学的な「自分」の定義と、日本文化における「自分」の在り方)を統合する。

手順3(論理整理):生物学的には、「自分」は自分と外界との境界を設定する脳の機能の一つであり固定的な実体として過大評価すべきではないこと、文化的には、日本では欧米社会ほど自己の選択や立場の言語化を強く求めない傾向があること。これら2つの根拠を統合する。

手順4(選択肢比較):①は「他人を模倣しても自分を変えられない」という根拠のない要素の追加。②は「社会の中で自然に確立される」という本文にない因果関係の付加。③は「生物学的には自分らしさが存在せず」と極端に断定し、「混乱した」と本文にない結果を加えているため排除。④は「自己表現が求められない日本社会」「『自分』も脳の機能の一部に過ぎない」という2つの論拠を正確に網羅している。

結論:正答は

問七 本文の展開と表現上の特徴

手順1(設問要求):文章全体の論理展開の構成と、筆者の考察の手法を最も的確に説明しているものを特定する。

手順2(根拠範囲):冒頭の「自分とは一体何なのか」という問いから、中盤の具体例(動物、脳科学、日米比較)、末尾の問題提起までの全体構成を確認する。

手順3(論理整理):問いの提示 → 具体例を用いた複数観点(脳科学・文化)からの考察 → 社会的な通念への問題提起、というマクロな構造を整理する。

手順4(選択肢比較):①は「科学的な優位性を主張」という論証の目的が誤っているため排除。③は「他の研究者の意見を中心に」という主体と客体の逆転があるため排除。④は「最初に対照的な二概念を示し」という冒頭の展開事実と異なるため排除。②は「話題に触れ、具体例を挙げながら……複数の観点から考察を重ねて問題提起」と全体の構成を過不足なく説明している。

結論:正答は

授業ではここまで扱う:抽象概念を相対化する「多角的視点モデル」

本記事では各設問を処理するための手順を提示したが、実際の授業においては単なる「答え合わせ」で終わらせることはない。上位校の評論文では、「養老孟司は『自分』を脳の機能だと言っている」という個別の結論を覚えることには意味がない。重要なのは、世間で絶対視されている抽象的な価値観を、筆者がどのようなアプローチで「相対化(見方を揺さぶること)」していくかという「構造」を抽出することである。

実際の授業では、思想の相対化プロセスを以下の3つの段階に分けて追跡する訓練を行っている。

段階思考のステップ本文での具体例(養老孟司『自分の壁』)汎用的な読解の視点(他の評論文への転用)
第1段階絶対視されている概念の抽出「自分」「個性」「自己確立」といった、現代社会で無条件に良しとされている価値観。筆者がターゲットにしている「世間の常識・思い込み」を的確に特定する。
第2段階脳科学的視点からの相対化「自分」を確固とした実体ではなく、自他の境界を設定する脳の機能として捉え直す。精神論や道徳ではなく、あえて物質的・科学的な視座を持ち込んで概念を客観化する論理を追う。
第3段階社会・文化構造からの再評価欧米型の自己確立を日本社会でも普遍的な目標として求めることの妥当性を問い直す。歴史的背景や文化の違いから、その概念が「文化的・社会的な前提に影響される概念である」ことを見抜く。

この「常識の抽出→別視点からの相対化→文化的な再評価」というプロセスは、言語論や環境論など、既存の通念を批判的に再検討する他の評論文でも頻出する読解の型である。重要なのは、哲学的な知識を固定して暗記することではなく、文脈における状況の変化や視点の切り替えを捉え、別の評論文にも転用できる読解手順として整理することである。

【日本大学習志野高等学校】国語の対策と復習手順

国語の入試問題を解く際、解説を読んで筆者の主張が分かっただけでは、初見の設問で同じ判断を再現できるとは限らない。本文のテーマを感覚的に理解することと、正答までの客観的な手順を辿ることは全くの別物である。

今回提示した「設問要求を確定する」「根拠範囲を限定する」「論理関係を整理する」というステップに則り、選択肢に付加された本文にない要素や、過剰な一般化を本文と照合して除外する。この客観的な手順は、日本大学習志野高等学校をはじめとする難関校の国語に広く通用する基本手順である。

復習の際は、正解の記号をただ覚えるのではなく、自分がどの手順で判断を誤ったのかを自らの言葉で明確にすることが重要である。この手順を反復し、自分で再現できる状態にすることが、失点を減らし、得点の安定につながる。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

習志野受験研究所 所長/新・個別指導アシスト習志野校 塾長

コメント

コメントする

目次