※本記事は、客観的分析のため『だ・である調』で統一しています。
【2025年度】渋谷幕張高・国語(大問一)解説|「道具としてのことば」と「装置としてのことば」
Introduction:読解の解像度を上げる「知的な枠組み」
2025年、最難関校の一つである渋谷教育学園幕張高等学校の国語において、受験生の「知的な枠組み」を試す重厚なテーマが出題された。それは「言語(ことば)の本質」を問うテーマである。
私たちは普段、ことばを「自分の考えを伝えるための便利な道具」として疑いなく使っている。しかし、言語論を扱う現代文では「ことばは本当に自然なものか」「ことばが人間を拘束することはないか」といった、日常の常識を揺さぶる視点がしばしば提示される。今回の渋幕の現代文でも、私たちが無意識に使っている「母語」と、文法を意識させられる「外国語」の違いを通して、ことばが人間の身体や意識にどのように作用するかが深く問われているのだ。
このような思想的な枠組みを事前知識として持っていれば、本文の論理展開を予測しやすくなる。しかし、テーマの知識を持っているだけで渋幕の精緻な設問を解き切ることはできない。本番で正答を導くには、本文のどこを確認し、どの論理関係を用いて選択肢の過不足を判定するかという、客観的な「思考手順」の言語化が不可欠である。本記事では、2025年度の大問一を分析し、その手順を可視化していく。
Macro Analysis:ことばの「道具」と「装置」という対比構造
本文は、私たちが日常的に使っている「ことば」と、身体・意識との関係を論じた文章である。 筆者は、ことばの性質を以下の二つの概念の対比によって整理している。このマクロな対比構造を正確に捉えることが、全設問を処理する土台となる。
- 道具としてのことば:母語のように「身体化」されており、身体の延長として働く。ことば自体を意識することなく滑らかに使用でき、人間に自由を与える。
- 装置としてのことば:不慣れな外国語のように「身体化」できておらず、人間の外部に存在する。ことばの存在そのものを否応なく意識させ、文法や表現の枠を押しつけて使用者を拘束する。
また、母語は意識せずに使えるため「自然」なものに感じられるが、特定の母語そのものが生物学的に遺伝するわけではなく、特定の社会や文化の中で後天的に習得されるため、その「ことばの自然さ」は幻想である、という因果関係も重要な構造である。
Micro Analysis:全設問の分析と「思考手順」
ここからは、各設問に対するアプローチを共通の手順形式で分析していく。
問一(漢字)
- 手順1(設問要求):傍線部(a)の漢字の読みをひらがなで答え、傍線部(b)のカタカナを漢字に直す。
- 手順2(根拠範囲):傍線部の前後の文脈。
- 手順3(論理整理):(a)「流暢」は、ことばがつかえず滑らかに話される様子を表す。(b)「タクエツ」は、熟練した職人や演奏家のように他より抜きん出て優れていることを表す。
- 手順4(選択肢比較):※記述式のため省略。
- 結論:(a)りゅうちょう、(b)卓越。
問二(語句)
- 手順1(設問要求):傍線部X「めったにない」とほぼ同義の表現の特定。
- 手順2(根拠範囲):各選択肢の語彙の正確な意味。
- 手順3(論理整理):「めったにない」は「非常に珍しく、ほとんど存在しない(=まれである)」ことを意味する。
- 手順4(選択肢比較):「枢要(中心)」「矜持(誇り)」「珍重(大切にする)」「慇懃(丁寧)」は意味が異なるため排除し、「まれにあること」を意味する語を選ぶ。
- 結論:イ(稀有)が正答。
問三
- 手順1(設問要求):傍線部①「『自然に』ことばを話す」の具体的意味の特定。
- 手順2(根拠範囲):傍線部を含む段落および、歩行との比較がなされている段落。
- 手順3(論理整理):歩く際に右足・左足と一つ一つ意識するとぎこちなくなるのと同様に、ことばも一音ずつ意識すると不自然になる。つまり「自然に」とは、ことばの音や文法を一つ一つ意識せず、滑らかに使用している状態を指す。
- 手順4(選択肢比較):「自然に」を、背後にある真意を正確に読み取る(ア)や、場面に合うことばを意識的に選ぶ行為(ウ)へとすり替えている選択肢を排除し、「ことばそのものを意識せず、滞りなく使用すること」としているものを選ぶ。
- 結論:オが正答。
問四
- 手順1(設問要求):傍線部②「『ことばの自然さ』はたしかに『幻想』にすぎないかもしれない」の理由・説明の特定。
- 手順2(根拠範囲):傍線部の直前直後、ことばがどのように習得されるかを説明している段落。
- 手順3(論理整理):「自然に感じられる」のは、母語を無意識に使えるからである。しかし、特定の母語は生物学的に遺伝するのではなく、社会や文化の中で後天的に習得される。そのため、母語を生得的なものと感じる「ことばの自然さ」は幻想だと説明される。
- 手順4(選択肢比較):母語と外国語の翻訳作業の話(イ)や、生成文法を結論とするもの(オ)といった本文の趣旨から外れた要素の混入を排除し、社会・文化による習得という核心を捉えているものを選ぶ。
- 結論:アが正答。
問五
- 手順1(設問要求):傍線部③「身体と道具との関係」の具体的説明の特定。
- 手順2(根拠範囲):演奏家と楽器、人間と鉛筆、目の不自由な人と杖という三つの具体例が提示されている段落。
- 手順3(論理整理):これら三つの例から「道具が身体の延長となる」→「道具そのものを意識しなくなる」→「身体の一部のように使用される」という共通の論理構造を抽出する。
- 手順4(選択肢比較):感覚器官の役割を「完全に譲り渡す」(ア)や、人間同士の「意思疎通」に限定するもの(イ)、人間が道具を使う関係を、道具が人間を「操る」関係へ逆転させる(オ)といった、過剰な表現や関係性の逆転を含む選択肢を本文と照合して排除する。
- 結論:エが正答。
問六
- 手順1(設問要求):空欄Yに入る語の特定(「ことばを身体化――Y化ではない――している」)。
- 手順2(根拠範囲):直前の「身体化」と対比関係にある概念を問う文脈。
- 手順3(論理整理):本文は、ことばが知識として意識や内面に取り込まれているのではなく、身体の働きとして身についていると説明している。「身体化」と対比される語は「内面化」である。
- 手順4(選択肢比較):意識の中に取り込み、明確に認識することを意味する概念を選ぶ。
- 結論:ウ(内面)が正答。
問七(記述)
- 手順1(設問要求):傍線部④の「わたしたちに自由をあたえてくれることば」と「わたしたちを拘束することば」の対比関係の記述。
- 手順2(根拠範囲):本文全体を貫く「道具としてのことば」と「装置としてのことば」の対比構造。
- 手順3(論理整理):前者は「母語のように身体化され、意識せず使える、身体の延長(道具)」であり、後者は「外国語のように身体化できず、存在を意識させる、外部の枠組み(装置)」であると整理する。
- 手順4(記述の構成):「前者は〜道具としてのことばであり、後者は〜装置としてのことばである」という対比構造のフォーマットに、抽出した要素(母語/外国語、身体化の有無、意識の有無、自由/拘束)を過不足なくはめ込む。
- 結論:解答例「前者は、母語のように身体の働きとして定着し、語そのものを意識せず使える『道具』である。後者は、不慣れな外国語のように身体になじまず、形式を意識させて使用者を外側から拘束する『装置』である。」
内部生限定資料(抜粋):渋幕の要求する「概念の解像度」
本記事では客観的な選択肢の処理手順を提示したが、教室で指導をする際には、さらに踏み込んで「出題者が仕掛けた言葉の定義や構造」そのものを分析し、生徒が本番で自力で処理できる「型」として身につけさせている。
以下は、今回の渋幕・大問一における、当研究所の内部生向け分析資料のほんの一部である。
【習志野受験研究所 内部生向け分析資料より抜粋】
■「自然」の意味を二段階に分ける
本文では、「自然」という語が二つの意味で使われている。
- 使用者にとっての自然:意識せず、滑らかに使用できること。
- 客観的に見た自然:生物学的に遺伝し、生まれつき備わっていること。
母語は、1の意味では自然である。しかし、社会や文化の中で習得されるため、2の意味では自然ではない。この明確な「定義のズレ」を視覚化できているかどうかが、「ことばの自然さは幻想である」という一見すると矛盾する主張を読み解く最大の鍵となる。
難関校の国語では、日常で何気なく使っている言葉をどれだけ厳密に定義し直せるかが問われる。当研究所では、こうした「知の枠組み」を授業で徹底的に構築している。
Conclusion:正答を再現するための復習手順
本文の内容を読んで理解することと、初見の設問で正答までの手順を自力で再現することは別の作業である。解説を読んで納得するだけでは、自分がどの根拠を見落としたのか、どの段階で選択肢のすり替えに気づけなかったのかを把握しにくい。
読書量や語彙力は、国語を読むための重要な土台である。しかし、それだけでは、精密に作られた選択肢の過不足を判定することはできない。安定した得点には、本文の根拠を選択肢と照合し、次の処理手順を明確にする必要がある。
- 設問要求を確認し、何を答える問題なのかを確定する。
- 根拠として使う本文の範囲を限定する。
- 対比・因果関係・具体例の共通点を整理する。
- 選択肢の主体・対象・程度・因果の方向を本文と照合する。
- すり替え・過剰・限定・逆転を含む誤答選択肢を排除する。
今回の文章では、「母語/外国語」「身体化/非身体化」「道具/装置」という対比を一本につなぐことが、全設問を処理する鍵であった。
重要なのは正答を覚えることではない。なぜその根拠を使い、どの不一致によって誤答を排除したのかを、自分の言葉で説明できるようにすることである。この客観的な手順を別の問題でも反復することで、初見の文章にも対応できる読解力が形成される。

コメント