※本記事は、客観的分析のため『だ・である調』で統一しています。
【年頭所感】あるトップ校教師の独白。「15の春の挫折は、一生の財産になる」
1. 謹賀新年
謹賀新年。受験生を抱える家庭にとって、今年の初詣は「合格祈願」一色であったはずだ。
当研究所も、塾生全員の第一志望合格を信じて指導している。
しかし、あえて元旦というめでたい日に、厳しい現実の話をしたい。
「もし第一志望に落ちたら、この子の人生は終わりだ」——心のどこかで、そう思ってはいないだろうか。
あるいは「傷つかないように」と、安全圏の高校ばかりを勧めてはいないだろうか。
その親心が、結果として子どもの「最大の成長機会」を奪っている可能性がある。
2. 証言:トップ私立校の現場から
以前、千葉県内でもトップクラスの進学実績を持つ、ある私立高校(中高一貫校)の幹部と話す機会があった。
その先生は、保護者会ではまず口にしないであろう「本音」を語ってくれた。
「高校入試組は、県千葉や県船橋に届かず、うちに来る」
入学者の一定数が、第一志望に届かなかったという「深い挫折」を抱えて入学してくる、というのである。
そこで私は、あえて踏み込んだ質問をした。
「では、高校募集はやめて、完全中高一貫にした方が効率が良いのでは」と。
先生は即答した。
「いいえ。だからこそ高校入試はやめられないのです」
3. 分析:「負けた子」が最後に勝つ理由
先生は続けた。
「高校入試で涙を飲んで入学してきた子たちは、最初はうつむいています。
しかし彼らは『負ける悔しさ』を骨の髄まで知っている。だから3年後の大学入試では、最後の最後で驚異的な粘りを見せるのです」
「逆に、挫折を知らずに順調に来た子ほど、大学受験のプレッシャーに脆いことがある。
毎年のように、リベンジを果たして笑顔で卒業していく『高入生』のドラマを見ていると、やはり高校入試は必要だと感じるのです」
これが教育現場のリアリズムである。
「15の春の挫折」は、決して「かわいそうな出来事」ではない。
それは、18の春(大学入試)、あるいはその後の人生を生き抜くための「最強のエンジン」を手に入れる儀式になり得る。
4. 結び:親の覚悟
昨今、「失敗させたくない」という親の愛が過熱している。
しかし、15歳で本気で挑み、そして壁に跳ね返される経験は、長い人生において「合格」以上の価値を持つ財産になり得る。
もちろん、我々はプロとして、全員を勝たせるために全力を尽くす。
だが保護者の皆様には、こう腹を括ってほしい。
「受かれば最高。落ちても、それがこの子の再起の始まりだ」
傷つくことを恐れず、時には高い壁に挑ませよう。
本年も、習志野受験研究所は、そんな「足掻く受験生」と「見守る保護者」の伴走者であり続ける。

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