【2026千葉県公立入試講評】国語は「読書量」では解けない。点数を分けたのは“条件処理”のスピードだ。

※本記事は、客観的分析のため『だ・である調』で統一しています。

本日(2月17日)、2026年度千葉県公立高校入試が実施された。受験生諸君、そして保護者各位。まずは今日という日まで戦い抜いたことを労いたい。

だが、感傷に浸るのはまだ早い。直ちに今年の問題を分解し、千葉県教委が受験生に何を求めたのか、その正体を明らかにする。

多くの受験生が「今年の国語は読みやすかった」「記述が書きにくかった」といった主観的な感想を持つかもしれない。しかし、問題を冷静に分析すると、ある明確な意図が見えてくる。2026年の国語入試が示した事実は一つだ。

「千葉県の国語は、文学的な『情緒』ではなく、複数の条件を整理する『情報処理能力』を求めている」

本稿では、最新の2026年問題における「3つの変化」を具体的に解説する。

目次

1. 作文:自由記述の廃止と「強制二択」

大問七(作文)を見て、戸惑った受験生も多かったはずだ。テーマは「新しいものと古いもの」。しかし、重要なのはテーマではない。「条件の狭さ」である。

これまでの傾向と比較すると、その変化は明らかだ。

  • 2024年: 「知識と知恵」について定義せよ(自由度:高)
  • 2025年: 「キツネとブドウ」の3つの選択肢から選べ(自由度:中)
  • 2026年: 「A(古いものを重視)」か「B(新しいものを重視)」の二者択一(自由度:低)

これが意味するものは明白だ。採点者は、君たちの「自由な発想」を求めていない。求めているのは、与えられた「AかBか」という立場を瞬時に選択し、矛盾なく理由をつなげる「構成力」だ。

「どっちも大事だよね」という曖昧な回答は許されない。この形式において、迷う時間は失点に直結する。デジタルに立場を決め、機械的に論理を組み立てるスピードこそが、2026年型の「国語力」である。

2. 小説:感情よりも「ルールの発見」

大問五の小説は、今村翔吾の『ひゃっか!』。高校生の「花いけバトル(生け花)」を描いた作品が出題された。ここで多くの受験生が陥る罠がある。「主人公(春乃)の気持ち」を、一般的な道徳心で埋めようとすることだ。

しかし、正解の鍵を握っていたのは、主人公ではなくパートナーの「貴音」だ。彼女はこう語る。「作品の出来ではない。舞台上の所作(立ち振る舞い)でお客を魅了するのだ」

これは、昨年の小説(書道)で「上手な字より、震えた字(実感)が良い」とされた構造と共通している。千葉県の小説問題における正解は、「優しさ」や「悲しさ」ではない。その物語内でのみ通用する「独自の評価軸(ルール)」を見つけ出し、それに合わせることだ。

「花が綺麗だ」と答えた受験生は点数を落とす。「所作が美しい」と答えた受験生が点数を取る。これは読解というより、「ルールの探知ゲーム」に近い。

3. 古文:「共通テスト型」への接近

大問四の古文。『徒然草』の「くさめ(くしゃみ)」の話だが、本文だけを読んで解こうとした受験生は苦戦したはずだ。なぜなら、この問題は「古文単体」では完結しないように作られているからだ。

  • 古文(本文)
  • 現代語の会話文(生徒たちの議論)
  • 漢文(論語の引用)
  • 注釈

これら4つの異なる資料を「突き合わせる」作業をしなければ、正解には辿り着けない。特に問5などは、会話文と漢文の知識を組み合わせる必要があり、これは大学入学共通テストの国語(第1問・第3問)を強く意識した設計と言える。

「古単語を覚えているか」ではない。「散らばったヒントを拾い集め、文脈を構築できるか」。2026年、千葉県はこの「複数の資料を統合する力」の要求レベルを一段階引き上げた。

なお、大問六の論説文においても、「写真(記録)」と「見る(記憶)」という対比構造が用いられており、入試全体を通して「対立する概念の整理」がテーマとなっていたことも付け加えておく。

【難易度分析】平均点はどうなるか?「二極化」の予兆

多くの受験生が気になっているであろう「今年の平均点」についても、構造的な視点から分析しておこう。

結論から言えば、昨年(2025年・平均56.6点)と比較して、「平均点はやや下がる(難化する)」と予測される。しかし、重要なのは数字ではない。得点分布の「二極化」だ。

過去のデータを見てほしい。

  • 2024年(平均50.4点): 記述や漢字の難度が高く、全体が沈んだ「虐殺」の年。
  • 2025年(平均56.6点): 揺り戻しで易化し、多くの生徒が救われた年。

そして今年、2026年はどうなるか。問題の質が「情緒」から「情報処理」へと変わったことで、以下のような現象が起きるはずだ。

  1. 「作業」に徹した層(上位層): 迷う時間が排除された(作文の二択化など)ため、むしろ解きやすく、高得点をキープする。
  2. 「情緒」で解いた層(中間~下位層): 小説の「ルール」や古文の「統合」に気づけず、時間を浪費して記述を落とす。

つまり、全体が一律に下がるのではなく、「取れる生徒」と「取れない生徒」の差が残酷なまでに開く試験と言える。「なんとなくできた気がする」という感覚で試験を終えた生徒ほど、開示された点数を見て青ざめることになるだろう。これが「情報処理型入試」の怖さである。

結論:才能ではなく「作業」である

2026年の入試問題は、センスだけで解けるものではなかった。条件を読み、ルールを特定し、情報を組み合わせる。この一連のプロセスは、事務的な処理能力に近い。

「国語はセンスだ」そう信じていた受験生にとって、今年の入試は厳しい結果になるかもしれない。しかし、「国語は論理的な作業だ」と割り切り、トレーニングを積んだ者にとっては、これほど組みやすい相手もいなかったはずだ。

勝負は決した。だが、これから受験を迎える次世代の諸君は、この「2026年の事実」を直視してほしい。必要なのは読書量ではない。「分析と戦略」である。

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この記事を書いた人

習志野受験研究所 所長/新・個別指導アシスト習志野校 塾長

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