【保護者への警告】その一言が受験を壊す。「悪魔のささやき」3選

※本記事は、客観的分析のため『だ・である調』で統一しています。

1. 親の「良かれと思って」が一番怖い

受験直前期、ピリピリしている子どもを見て、つい「慰め」や「逃げ道」を与えてあげたくなるのが親心だ。 しかし、その優しさが、子どもが積み上げてきた「受験への執念」を一瞬で破壊するトリガーになることがある。

今回は、あえて厳しい言葉で、受験生に決して言ってはいけない「悪魔のささやき」を3つ紹介する。 もし、喉まで出かかっていても、グッと飲み込んでほしい。

2. ケース①:「第一志望じゃなくてもいいんだよ」

模試の結果が悪くて落ち込んでいる我が子に、つい言いたくなる言葉だ。 ストレスを緩和してあげたい一心なのだろうが、これは「逃げ道」を作らせる劇薬である。

  • 中学受験の場合:「地元の公立中でもいいんだよ」 これを言われた瞬間、小学生は「じゃあ、今の苦しい勉強はしなくていいんだ」と解釈する。必死に走っている横で「リタイアしてもいい」と囁くのと同じだ。
  • 高校受験の場合:「私立でもいいんだよ」 都立・公立(5教科)を目指して苦しんでいる時に、「科目負担の軽い私立でもいい」と囁かれれば、心は一気に楽な方へ傾く。 「単願」という逃げ道が見えた瞬間、第一志望に向けたラストスパートのエンジンは完全に停止する。

3. ケース②:「大学なんて、行っても行かなくてもいい」

多様性の時代だ。「学歴だけが人生じゃない」というのは正論である。 しかし、それを「今、まさに受験勉強をしている最中の子ども」に言うのは、梯子(はしご)を外す行為でしかない。

  • 子どもの心理: 「じゃあ、なんで僕は今、必死に単語を覚えているの?」

受験とは、理不尽なまでの負荷に耐える期間だ。そのモチベーションを支えているのは「合格したい」「あそこに行きたい」という渇望だけである。 「どこでもいい」「行かなくてもいい」と言われた瞬間に、その苦労は「無意味な徒労」に変わる。 「人生の話」は、受験が終わってからでよい。

4. ケース③:「つらいなら、もうやめてもいいよ」

これが最も残酷な優しさだ。 仕事でのミスなら、謝罪やリカバリーができるかもしれない。しかし、親のこの一言は、取り返しがつかないほど深く子どもの心に刻まれる。

子どもが弱音を吐くのは、「やめたい」からではない。「つらい気持ちをわかってほしい」だけだ。 そこで親が本当に「やめてもいい」という許可証を出してしまえば、子どもは二度と自分を追い込めなくなる。 「勝者」を目指して走ってきた我が子を、親自らが「撤退(リタイア)」の道へ誘導してはならない。

5. 結論:沈黙は金なり

親ができる最高のサポートは、子どもの不安に同調せず、「いつも通り」の日常を淡々と維持することだ。 特別な励ましも、過度な気遣いもいらない。

  • 「受験はやめてもいい」
  • 「必死にやらなくてもいい」
  • 「結果なんて出なくてもいい」

これらを家庭内で口にすることは、「優しさ」ではない。 もし、そう囁かれているとしたら、我々塾がいかに熱い指導をしても、その効果は半減する。

家に帰れば、変わらない日常がある。親がどっしりと構えている。 それだけで、子どもは勝手にメンタルを回復し、また戦場へと向かっていく。

最後は、子どもを信じて「黙って見守る」覚悟を持ってほしい。

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この記事を書いた人

習志野受験研究所 所長/新・個別指導アシスト習志野校 塾長

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